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田 徳意

各種の災厄をよけ,幸運をもたらすと信じられている物体のことで,呪符ともいう。現代の日本でみられる例には,自動車や身につける交通安全や学業成就などの〈御守(おまもり)〉や家の柱・門などにはり付ける〈御札(おふだ)〉,客商売の家や店に置く〈招き猫〉などがある。
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道教密術 - 雷法

★ 道教密術 - 雷法★

天の道理を無視Lた悪霊を撃退する方術。古来人々は雷に特別の念をもって処していた。何かとてつもない力を持った存在として畏れ敬うはかりか、中国ではとくに、不徳の者が雷に打たれて一命を落とすといった信仰が根深かった。道教では、恐怖の対象である雷を逆に使役する。道士から教わった呪いを一声唱すると、直ちに雷鳴がとどろき盗賊は恐れをなして逃げてしまう。正統派の道士が伝えた雷法は「呪符」「霊符」によって雷を使役し、思った方向に物事を運ぶことが行われる。
これが一般的に雷法と呼ばれているもので、『道蔵』(道教の根本的な書)の正一部に収められた『道法会元』二六八巻は、この雷法を中心とした呪術の書を集大成している。これを行なう道士は、雷の力を自分の体の中に取り入れておく必要があった。その方法の一つは、その年初めての雷が鳴ったとき、道士はその方向に向かい、左手の関節の決められたポジションを親指で押えながら、「雷威震動便驚人」と唱える。次に右手のポジションを押えながら「概ソ榊辣究寛摂」と唱え、各々のポジションに対応する臓淵に、雷の精気が植え付けられることを瞑想する。この精気は治病などの呪術を行なうときに、同じ手印と呪文によって呼び出される。
この雷法の特色の一つは、呪文や霊符などはたんなる末葉に過ぎず、呪術は道を体得し、逝化の枢機をわが手に握ることこそ重要なのだとしていることである。逝を体得するための修行法や瞑想法、あるいはその枢要の表現は、雷法の各派によって異なる。しかし金丹道において、造化の根淑をなす宇宙の真実在とされている「先天一気」を体現することが重んじられていることなど、金丹道の影響が顕著であることは共通している。そうした上で、内なる小宇宙と外なる大宇宙の.感応にもとづいて呪術は行なわれる。なぜなら雷法の中で召喚する雷部の神将・神兵は、じつは自分の体の中の三宝と五臓の気に他ならないからである。

雷法で重要なのは、内と外との感応であることはつねに主張されている。雷法を描いた中国の小説『平妖伝』の場面で、聖姑姑は「書符は一番の難事で、符を何に用いるかによってその観想をする。もし雲を起こそたんでんうとするなら、陰気が自分の丹田から起こり、しだいに満身に雲気が充満し、七つの穴から噴出して天地いっぱいに広がるように感じなければならない。そう感じられたとき、急いでその気を墨に落として一筆で書き上げる。自分の神と気を天地の神と気に質通させて、はじめてその符は霊験がある」と教えている。
雷法の瑚論を述べた暫にも、「いわゆる風雨雷電は陰陽の二気が交感して生まれるものだ。もし人が一点の霊光をもって、自分の陰陽を自由に交感させ、自然界の陰つかさど陽の交感を司る鬼神と合わせられれば、自然界の風雨雷電を発することができる」と述べられている。このような、道の体得がなされてこそ、法の使川すなわち呪術の行使が可能だという考え方は、このころに成立した道教の呪術那に共通している。それらの呪術の中でも雷法は強力な呪術と考えられていた。それにはどのような理由が考えられるのであろうか。
中国では古くから雷は天刑の執行者との信仰があった。このらいきえ婁きよう考え方はすでに『礼記』や『易経』等にもみえるが、小説類にも親不孝や穀物を粗末に扱った者が、雷に撃たれて罰せられるという話が多く現われる。これまでにもみたように、適士の行なう呪術の目灼は、一主として天候に関するものと治病であった。
治病は病を引き起こした邪鬼や悪霊を禁圧し、彼らのたたりを払うという形で行なわれるから、駆邪、悪雌払いという性格をもつことが多い。巾岬では、正当な理歯があり、天帝の許しを得てたたりを引き起こしている場合には、呪術の力ではどうすることもできないが、理由のない悪意によって、一天の遭理を無視して災いをもたらしている邪鬼・、恐霊は、呪術のカでこれを防ぎ、彼らを撃退することができると考えられていた。
彼らに対する戦いは、とくに正統教団の用いる呪術では、天の正義によって彼らに天罰を下すという形式で行なわれることが多い。そこでもともと天刑の執行者と考えられた雷の力を背景とする雷法が、このような場合、とくに威カのあるものと考えられた。雷法の祖師の第一は王文卿。彼は、北宋末に徽宗皇帝の常延で数々の雛験を現わしたが、彼は楊子江で異人に川会って呪術を授けられろとうかたと伝えられている。また路当可は、一般に雷法と同一視されることの多い天心法を伝えた一人。
彼は十七歳のとき、一人の道人に、「おまえは符術を伝えて、天下の鬼神を制するべき人間だ。しかしおまえの五臓は汚れきっているから、それをすべて取り除かなければならない」と告げられた。それから何日か食餌をせず、口から血が流れるのを感じるという中で、伝授を受けたという。この話はシャーマンのイニシェーション(秘伝伝授)を思わせる。このような民間の宗教者たちに行なわれていた呪術が、体系化され理論づけを得て、しだいに道教教団に正式に採用されていった。
その中で雷法は、正統派の法や秩序を守り、悪鬼邪神を制圧する上で、強力な威力をもったものとして、重んじられるようになっていったのである。